「シャブリのテロワールは、気候変動の影響に負けないほど強靭」と話すディディエ・セギエ Photo: James Hill / The New York Times 

「シャブリのテロワールは、気候変動の影響に負けないほど強靭」と話すディディエ・セギエ Photo: James Hill / The New York Times 

ニューヨーク・タイムズ(米国)

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Text by Eric Asimov

気候変動によって世界の食料生産のあり方は変化し続けている。私たちは10年後、いまと同じものを食べたり、飲んだりできるのだろうか。フランス・ブルゴーニュ地方のシャブリ地区では、辛口の白ワインで知られる「シャブリ」の醸造家らが、その固有の風土から生まれる唯一無二の味わいを守り抜こうと奮闘している。

著者は長らく、「世界で最もシャルドネ種の特徴が出ているのは良質なシャブリのみ」だと信じて疑わない。先日、シャブリ地区を訪れてあるワインを口にしたとき、あらためてその確信が裏付けられた。

それは「モンテ・ド・トネール 2015」で、生産者は、シャブリ地区最高のワイナリーに数えられるドメーヌ・ウィリアム・フェーヴル。塩味(えんみ)や石のような風味があり、貝殻を飲んでいるかのようなワインだった。

奇異に聞こえるだろうが、最良のシャブリの畑はキンメリジャン(約1億6000~5000万年前の中生代後期ジュラ紀の地層のひとつ)石灰岩を母岩とする石灰質土壌であることを考えれば納得できるだろう。その岩石層には、貝などの甲殻類の化石も含まれている。

シャルドネは世界で最も愛飲されている白ワイン品種で、ほぼすべてのワイン産地で生産されている。優れたシャルドネワインはあまたある。

そこに、ブルゴーニュ地方の中心地区コート・ド・ボーヌで産出される最上級の白を加えることはおそらく妥当だろう。にもかかわらず、世界各地のワイナリーに「これはシャブリに近い白」と差し出されても、シャブリのような風味をもつシャルドネワインを口にしたことは一度もない。

ではなぜ、シャブリにはあのパンチの効いた独特な鋭いミネラル感があり、シャブリ以外のワインにそれがないのか? それは、前述した石灰岩質土壌のせいもあるが、シャブリ地区のテロワールそのものに理由がある。

シャブリ地区は、白のブルゴーニュワインの中心的生産地から北西へ約140キロ離れた同地方最北端のゴツゴツした丘陵の縁に面し、歴史的にシャルドネ種の栽培が可能な北限に当たる。

シャブリ地区でも大規模な醸造所のひとつジャン=マルク・ブロカールが造ったシャブリ。

シャブリ地区でも大規模な醸造所のひとつジャン=マルク・ブロカールが造ったシャブリ。ブロカールの畑ではたびたび農法を変えている Photo: James Hill / The New York Times


こうしたシャブリの地質、気候、地形と、ヴィニュロン(ブドウ農家)の信念と農法とが結びつき、このすばらしいワインが醸されている。シャブリのブドウ作りは数十年間、絶妙なバランスが維持されてきた。ヴィニュロンらは20世紀のほとんどを通じて、味にカドが立ちがちなシャルドネ種を、ほどよいまろやかさにまで熟させることに悪戦苦闘してきた。

しかしいま、気候変動がこの繊細なバランスを崩壊させる恐れがある。このまま地球温暖化が進行すれば、シャブリはその特有の個性を維持できるだろうか。シャブリは依然としてシャブリのままだろうか。それとも、ただのシャルドネワインのひとつに成り下がるのだろうか。

昨年11月、ワイン生産者と4日間対話するなかで繰り返し聞かされたのは、「たしかに気候変動は大きな脅威だが、ただ気温上昇による高温化だけが脅威ではない」ということだった。むしろ壊滅的な打撃をもたらすのは、温暖化によって頻繁に発生するようになった雹(ひょう)、春の遅霜、集中豪雨、長期にわたる干ばつである。

「いまの気象は昔と比べてはるかに激甚化して、荒れやすくなっています」と、ジュリアン・ブロカールは言う。彼は、父親が設立し​​たシャブリ地区最大のワイナリーのひとつ「ドメーヌ・ジャン=マルク・ブロカール」と、自身の小規模ワイナリー「ジュリアン・ブロカール」を管理している。

※ドメーヌは、ブドウ栽培から瓶詰めまで手掛ける自家醸造ワイナリーのこと。

「こうした気象災害によって、ブドウの木は年々弱くなっています」

彼は、プレイーという小さな町に所有するブドウ畑でこう続けた。

「健全なブドウができなくなれば、もはやシャブリはただのシャルドネになってしまいます。私たちの仕事はシャブリのミネラル感とさわやかさ、特有の酸味を維持することであり、それはまだ可能です。昔はミネラル感を引き出すことは簡単にできましたが、いまはもっと手をかけなければなりません」

有機農法を続けていく難しさ


1997年に父親と共に働きはじめて以来、ブロカールは畑の大部分を有機農法に、一部をビオディナミ農法(1924年にオーストリアの思想家ルドルフ・シュナイダーが提唱した有機農法の一種)に転換した。「ジュリアン・ブロカール」ドメーヌのワインはすべてビオディナミ農法で生産されている。

ジュリアン・ブロカールによれば、シャブリ地区は生物多様性に優れているという。「今後10年で3万本の木を畑の周囲に植えていきたいと考えている」

ブロカールによれば、シャブリ地区は生物多様性に優れているという。「今後10年で3万本の木を畑の周囲に植えていきたい」 Photo: James Hill / The New York Times


そうして造られたワインは明らかに味わいが異なる。「ジュリアン・ブロカール プルミエクリュ ヴォー・ド・ヴェイ 2022」のように、ビオディナミ農法で栽培されたブドウから造られたワインは雑味がほとんどなく、深みと豊かなテクスチャと緻密さがある。

※プルミエクリュはブルゴーニュの一級畑でとれるブドウを使用して醸造されたワインのこと。

それでも2024年ヴィンテージのように、霜と雹で始まり、その後3ヵ月間雨が降り続いた年の場合、フランスでビオロジックと呼ばれる有機農法やビオディナミ農法だけでは不充分だとブロカールは断言する。
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